夜の向日葵(四幕) 第一幕第二場(花子・和男・慶子)
『三島由紀夫全集 第20巻 戯曲1』P485-486
花子 冗談で言つてるんぢやありませんよ。(熱心に)あたくしはそんな場合、理解のあるをばさんになれる自信があるの。そりやあ自信滿々なの。この歳までいくつか縁組もまとめたし、それがみんなまとまりさうもない縁組だつたの。みんな今は幸福にやつてゐるわ。(ますます熱心に)……ね、あたくしはいつも不如意な人たちの味方なの。あたくしはいつも義憤といふものを忘れないつもりなの。 和男 何の義憤です。 花子 さうね、思ふやうにならない人にも權利を興へなくちや、といふ義憤なのよ。 和男 つまり女權擴張論者ですね。 花子 女ばつかりぢやありませんよ。あたくしは、太陽をほしがつたり、お星様をほしがつたり、本物の飛行機をほしがつたりしながら、半分そんなものは手に入らないことを知りはじめてゐる子供の諦らめつてものがよくわかるの。人生のいちばんはじめから、人間はずいぶんいろんなものを諦らめる。生れて來て何を最初に教はるつて、それは「諦らめる」ことよ。そのうちに大人になつて不幸を幸福だと思ふやうになつたり、何も希(のぞ)まないやうになつてしまふ。 和男 をばさまはうちのおふくろがよほど氣になつて仕方がないらしいな。 花子 うそよ。あなたのお母様は、あれは特別な方。今でもきつと、ほしいと思へば太陽だつて手に入ると思つていらしてよ。 和男 僕はその野心家の息子ですよ。 花子 いいえ、あなたはちがふ。あなたはどうも、やつぱりあたくしとおんなじ影の種族なんだ。 和男 よろしくお近づきにねがひます。 花子 あたくしの鼻は利くんですからね。あなたは幸福さうには見えませんね。 和男 (むつとして、慶子のはうを注視しながら)よけいなお世話です。 花子 いいえ、いつかあたくしをたよりにしますよ。あなた方は不仕合せな可愛らしい戀人同志に見えて仕方がないの。あなた方がきれいにみえるのは、きつと不仕合せのせゐなんだわ。 慶子 をばさまつたら、空想家ね。 花子 さうなの、困つたもんだね、あたくしは惡い空想をすると生甲斐を感じて仕方がないのよ。 和男 さういふ人が馬券を買ふと、大穴を當てたりするもんですよ。
28人阅读
千夏一秋对本书的所有笔记 · · · · · ·
-
夜の向日葵(四幕) 第一幕第八場
『三島由紀夫全集 第20巻 戯曲1』P501-502 夫人E うちの猫がきのふ自動車に轢かれたのよ。平...
-
夜の向日葵(四幕) 第三幕第三場(花子・河村)
『三島由紀夫全集 第20巻 戯曲1』P558-564 第三場 (花子・河村) 河村 でも奥さまも、よ...
-
夜の向日葵(四幕) 第一幕第二場(花子・和男・慶子)
-
夜の向日葵(四幕) 第一幕第四場(花子・和男・慶子)
『三島由紀夫全集 第20巻 戯曲1』P489 花子 幸福つて、何も感じないことなのよ。幸福つて、...
-
夜の向日葵(四幕) 第一幕第六場(君子・花子)
『三島由紀夫全集 第20巻 戯曲1』P494-496 花子 あたくしにはわからない。人と人とがそんな...
> 查看全部12篇
说明 · · · · · ·
表示其中内容是对原文的摘抄